「からだの声の翻訳家®️」鶴木マキ∬しあわせのシグナル∬

日常から不思議な話まで。リーディングってなに?ポジティブってどんな思考?なんてことをつぶやいてます。

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待つ



先日ある方のブログにコメントをしました。
こちらの疑問に対してプロの立場から答えて頂けて大変感謝しています。


さて、その前に違う方にコメントをしました。
それは、私宛にコメントを頂いたので、こちらからも入れないと、と思い入れました。


だけど、どう解釈したのか、私はちっとも悩んでなんかいないのに、悩んでいる風だと思われた様子。
で、最終、何言ってるの?と感じてしまうコメントを頂き????
となりました。


そして感じたこと。


人のふり見て我がふり直せ。


気を付けないとならないと。自分の欲望にかられると相手が思っていない質問をしたり(あくまでも自分本位の質問)自己満足に駆られた言葉かけになってしまう。


うーーん、私も人のことはいえないな。


次男にいわれます。


困っている本人が何も言わないのに手を貸すことは大きなお世話なんだよ。


困っている人も自分で解決しようと思う人もいる。
そういう場合はみているしかないんだよと。


はたからみたら時間の無駄で効率が悪くても自分でやってみたい場合はほうっておく。


でも無理そうなら、どうしたの?と声をかけてみる。
そしたら話すだろうよ。だから見守れ。声かけにはチャンスがあるから。


私はチャンスを見落とさないでいられるだろうか?
いや、相手の立場になればタイミングも分かるのだろう。


本心を話すことが苦しい人もいる。


全てを頭とこころで理解しないと次に行けないのに、ブレーキをかけるものがある。


それはなんだろう?それはどうしてだろう?
そんなは自我(エゴ)なのではないだろうかと考えている。



依存でなく自立していくために通り抜ける時間を見届けるサポートが出来れば嬉しいと私の中がいう。
そんな人に繋がれたらと思いながら今日もブログを書いている。

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