悩みの源

悩みがない人なんていない!!でも悩まない方法ってわからないから悩むんです。その悩みの源考えていきましょう!

パーソナル②

(前回の記事の続きです)


境界性パーソナリティー障害だという知り合いがいた。
子供のころに受けた親との関係性でこころに傷を負っていた。
その人が苦しむ気持ちはとても分かるけれど、同情してはならない。


同情して助けるという生半可な気持ちで人は助けられない。
その人はずっと幼いこころを抱えたまま成熟できていないところがあった。


いっぱいいっぱいになるとメールが頻繁に来るようになった。
私はきちんと確認しないとならないと再三返信した。


自分の思い込んでいるものが本当なのか、相手に訊ねて対峙していかないとならない。
不安定な感情で振れ幅が大きく、100か0しかないのだ。
結局その人は職場を去ってしまった。かなりの思い込みもあるけれど、自分が親にされたことを親になった自分は子供にしないといっていた。


長男はとても優秀であった。なぜなら勉強を間違える自分が許せないから。いつも試験は満点だったという。
親になったその人は長男の全てを認めてあげていたのだろうか?
そう考えてしまった。
誰よりも不安定で弱い自分を子供の前でもさらけ出す。リストカットも自殺未遂も止まない。
子供はそんな親を見ている。
そんな親を見ながら育った子供のこころは安定するだろうか?


その人は家族の中で自分が一番弱く守られる存在であることを主張していたのだとその行動から考えてしまう。


親になるとは、守るべきものをもつということ。


無償で愛するということを教えてくれるのは子供という存在なのだ。
自分のこと以上に愛するということを本当に教えてくれるのは子供という存在。
もちろん子供以外にそれができる人もいるだろう。
だけど私は子供という存在が私に無償の愛を教えてくれたと思う。


彼らは守らないと生きていけない。そして疑うことなく愛してくれる存在。彼らは私達が決して彼らを裏切らないと思っている。
いわないまでも親子関係の中でそれを感じ取っている。
だから愛する、疑うことなく愛せる存在となるしならねばとも思う。
この愛情は私から主人に対し感じる愛情ではないものだ。多分主人にもないだろう。


子供がいて家族になる。この強い絆があるから、主人のことを疑うこともない。
離れていようが、なんであれ子供を育てて行くという行為において私たちは強い絆で繋がっている。
それは前提に子供に対しての無償の愛情があるからなのだ。
だから無償の愛は何よりも強い愛情なのだと思う。


自分より誰かのことを愛すること、与え続けることができるのが無償の愛。


与えられてきたから私も子供に出来るのだ。
知らず生きてきた人は私の知人の様になってしまうこともあるのだろう。




話を前回の課題に戻す。


子供は親の顔色をみて育つ。
素の自分を出せずに育ったら辛くないだろうか。


愛情とは難しい。愛情をかけるのが当たり前だと思う子供。
でも自分のことでいっぱいだと子供を本当に愛せていない気がする。
無意識に自分のエゴを押し付ける。条件つけの中の愛情はこうでないければ愛されないと子供に植え付けてはいないだろうか?

パーソナル①

愛情ってなんだろう。
難しくて言葉が出なくてただ立ち尽くす。


笛野はすな先生のところで「続セルフヒーリング」というレッスンをとっている。


これはどんなものなのかと言えば、ネガティブな考え方をポジティブにしていくというもの。
自分で自分を癒す。自分を追い込まない考え方にもっていく方法だ。


「きっとできるだろう」「こうしてやりすごせばなんとかなるだろう」
などというアバウトな未来に望みをかけたりはしない。その場で考え方を変えることで、行動が変わっていくという究極的なものだ。


前向きに変えて行くというのが重要で、ダメだししていても建設的な考え方ではないし、状況が変わるたび振り回されているようでも困る。
自分自身が変わっていくことで周囲の状況がどうであれ、ぶれない状態でなくてはポジティブになれない。


さて、課題で出されたのは「自分の子供を愛せない。どうしたらいいのか」
というものだった。
自分の生んだ子供が愛せないとは、親子ともども悲しい出来事。
他人なら距離を置けばいいのだけど、親子関係ではそうはいかない。
我が子に必要以上に強く当たってしまう。
これはネグレクトになりかねない深刻な問題だ。


思えば昔知り合いだった人にそういう境遇で育った人がいた。


その人の話を聞いてとても辛い気持ちになったのを思い出す。
要らない子供だといって育てられた。いつも顔色を見ながら暮らしていた。学校でもいじめられ、家でもいじめられ、リストカットを繰り返していた。(つまりは自分自身で自分をいじめていたのだ)
時々自分が生きているのか分からなくなって、血をみるのだと言っていた。本当に死ぬ気はないのに自殺未遂をする。
その人は境界性パーソナリティ障害と言っていたっけ。


話を聞き、その人の気持ちになり深入りすると、どんどんと頼られてくる。
一人では生きていけないほどに誰かに頼ろうとする。
でもそれは幼いうちに親に頼れなかったから、愛情をかけて貰えなかったからだとどこかで思っている様子であった。


(続きは次回に)

5/27 ナチュラ癒しイベント


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香衣さんは橋本病を患っておりましたが、今では数値も下がり服薬もなさっていません。


病は気からの部分が多いです。気がつけば良くなっていきます。

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