しあわせのシグナル

もっと素敵な明日の為のエッセンス書いてます。リーディングによる不思議な話も書きます。

言い訳でいいワケ??

出来ない、無理だという言い訳をいって何かよい方向へ向かうのか?
そう師匠にいわれる。


確かにそうで、上手く行かないからそのままではどうにもならない。


上手く行かないなら行く方法を考えなければならない。


いろんな人が目にするブログに書いていても同じにどうにも動かないブログであった。


だとしたら、内容の改善しかないだろうと思う。


ここでどう方向転換していくか?


リードリーディング実践コースに入るとカウンセリングも実践していくコースとなっています。
只今無料リーディング中ですが、試験を受け認定されると、有料リーディングが出来るようになります。


先日の実践の授業では金額を決められるように試験を受けないとならないと思いました。
いつまでもこのままではいられない。


ここで再度無料のリーディングを試してみてください
という宣伝です。後悔内容の中にお名前等は含まれません。






インフルエンザ

        


実は正月休みが終わり、一日会社に行った後インフルエンザでダウンしておりました。
ブログ記事はずっと書き貯めていたものが貯金がゼロとなりました。
(一日一記事をモットーにしてきまいたが、もしかしたらペースダウンするかもしれません)


さて、今年からインフルエンザにかかると服薬になります。
そしてその薬は一晩で熱を下げます。


ウイルスの増殖を抑え、一晩で死滅させる様子です。


次男いわく、ウイルスは遺伝子しか持っていないそうです。
細胞を持たないので、自分を増殖させるために宿主の細胞を借りて自らの遺伝子を増殖していくそうです。
次男は
「こいつら何考えてるのかなぁ……って哲学的だろ!?」
といいますが、遺伝子の増殖しか考えてないでしょう。


「だけどさ、宿主が死滅したら自分も死ぬわけよ」」
と言うので、
「だから手っ取り早く爆発的に増えて、よりパワーアップして他の細胞にくっつくんじゃないの?」
と答えてみました。本当は遺伝子だけでなく、細胞も持ちたいかもしれない。でもその進化を待っているとウイルス全滅されちゃうからなんとか偶然からだをのっとって細胞を自らつくれる風に変わりたがってるかもしれない。


そんな遺伝子しか持たないインフルエンザウィルスは単純でありながらも威力は凄いです。
私はこの薬を飲んでの副作用(?)はお腹が緩くなったこと。


そして急激に体温を下げるほど(熱が上がるということはからだの免疫システムが働いてウイルスを攻撃するということなのだと思うのですが、一晩で38.5以上の熱を平熱に戻すということはからだの中はそうとうなことがくり広げられていると考えられます)なので、からだの方が追いつかないのか(加齢のせいか)
熱が下がっても微熱のあるように感じ、立ち上がるとフラフラ、グルグルしておりました。
正直しんどい。熱、平熱になってもまるで微熱が出ている様になったまま数日過ごし、そろそろと家の中を歩きまわり出し(しかし、汚れた部屋を綺麗にしようとしてもいつもの様に馬力がでない。疲れやすいetc.を経由し、なんとか普通の状態になったのが土曜日。まさに5日目でした)


インフルエンザで薬を飲んでから5日は休まなければならない規定なので、なんと一日出社したあとは今年はまだ会社に出ていないという。


締めの一番忙しい時にダウンできっとみんなに迷惑をかけたんだなぁと思うと申し訳なさで一杯です。


そして今日長男にうつりダウン。明後日は成人式を楽しみにしていたのに行けなくなりました。
かわいそうに。


インフルエンザはキャパ超えしたという意味です。
私は調子悪く横になっている間に、なんのことだろう?と思いながらねておりました。
そして何に対してのキャパ超えなのかもわかりました。


納得するころ私は元気になり、長男はダウンするという。


長男は何に対してキャパ超えたんだろうなぁ。

客観視は我を捨て視点を変えること

「自分を客観視するのは本当に難しいことだと思っていました。


だけどそれは言われたことについて自分の感想を入れることなくそのままを受けとることなんだろうなと今更ながら思いました。


もう頭では分かっているのですが、人の感情と言うのは厄介なもので、勝手に相手の言葉に反応してしまいます。


それが人間らしさと言えばそうなんですけど、時に自分に負担をかけたり、思い込みになってしまったり。


どうして思い込むといい風に余り転ばないかといえば、完全に自己中心的な視点でみているから、傷つかないように悪くいってみたり、楽天的に考えてその通りにならなくて悔やんだり。


とても疲れることをしていると思います。


無駄なパワーを使うから疲れる。


客観視出来るとこういうものに騙されなくなります。」


こんなことを3か月前にメモ書きしていた。


客観視するのは感情の入らないところからその状況をみること。


つまりは全く視点の違う位置から物事をみることなんだとわかりました。


その方が説明もスッキリする。

四次元から三次元をみることなのだと言うこと。


自分をも含めて違う視点から物事を映像として受けとる力があれば、状況が客観的に受け取れます。

そして同時にそれぞれの感じていることもその場で分かれば一番いい。

もし状況とそれぞれの感じ方が同時に分かれば、どうやって行動を起こしたらいいのかもわかる。

自分が中心で進めることができる。


そんなの無理じゃないか?と思うでしょうか、きっとはすな先生のいう四次元の思考とはそういうものなのではないかと思います。


しかしそれは、自分の我が強すぎると、自分から抜けられないから難しい。


その様に思います。


我を捨てると言うことは、もっと上の次元に行くということなのでしょう。