老いていくこと
先日実家に子供たちと行った。
クリスマスということで、チキンやピザやケーキを持って。
実家の両親は我が子たちが来るのをとても楽しみにしている。
まだ幼い頃は二人とも呼ばれれば黙って一緒に来てくれたが、大きくなった今では何かのイベントなり口実がないと出向かない。
おいしいごちそうにはまだ釣られる年齢なのでこの日ばかりはついてきた。
両親も妹たちも喜んでくれて、我が母もそうとういい気分になったらしくいつもはしない自分の話をする。
「最近結婚前に勤めていた会社のことをよく夢に見るのよ。あの頃が懐かしいのね」
それを聞いた父はまだそんな昔の夢など見ないらしく、驚いていた。
こんなことをいう母をみて、正直余り長くないのでは?と思ってしまった。
夢の世界とか、幻覚で見えるもの。それらはこの三次元の外にある世界なのかもしれないと思っている私にとっては、母はそちらに行っているのではないかと思うのだ。
年齢を重ね、そういうことを言い出す時、魂が寝ている間に抜け出す練習をしているのかもしれないと思うのだ。
父も母もまだボケがきていないからいい。
父は自分が少しボケてきたと言っている。自覚がある分まだまともだ。
本当にボケてくると、モヤモヤしてよく分からないらしい(義理の母談)。
なんだか頭の中がはっきりしないそうだ。
そして幻覚について否定をすると悲しいらしい。自分が否定されることが嫌なのだろう。事実がどうなんて実は問題ではないのかもしれない。
単に寂しいのだと思う。
我が母は、今骨折してしまい家にいる。早く良くなって東京を歩きたいという。
彼女がいう東京とは、夢に出てくる若い時期に過ごした日本橋から銀座界隈を歩きたいということだ。
なんだか夢をやり遂げて満足してあの世に行く準備をしているように思う。
人間最後の時が近くなると、やり残したことなく、悔いなく最後を向かえるために自然と回収作業に入るような気がする。