しあわせのシグナル

もっと素敵な明日の為のエッセンス書いてます。リーディングによる不思議な話も書きます。

ある日の出来事



先週二日営業事務たちが研修でいなかった。
その間に注文が止まる訳ではないので、営業マンが社内で対応していた。


まぁ、いつもは任せっきりで中のことは女性にさせているので、たまにはその大変さを味わうのも良しなのだろう。


さて、女性がいると注文も電話での対応が多く朝から騒がしくなるので、高い声が飛び変わっている。
それが男性だと野太い。そしてテンポも女性にくらべて若干緩い感じがする。
電話数も少ない。


ある営業マンが、午前中N社(競合他社)に注文行って、一杯でーすってなってこっちくるんじゃない?と午前中に余裕ぶっこいて言っていたら本当にその通りなった様子で、午後から特注品を抑えるため納期がいつになるか工場に何度も電話をかけていた。


しかも、注文は工場に専用機械からの入力だがいつも使ってない営業マンは出力で「あー、どっかいっちゃった!」とか言ってるしなんだかなーである。


一番頼りになるのは新人君だろうか?


そんなことが二日続いていた。
午前中は和やかな雰囲気ねー(いつもは殺気立っている。注文数を引き当てられるか、他の店所に取られるかということもあるらしく)と他部門の営業事務にいわれた。


男性が焦っていてもどこか笑いが出るのはなぜだろう?
いつもは任せきりの出荷証明書を作成し郵便物を作成している姿がもはや愛おしささえ感じてしまう。


電話の出方もそれぞれのキャラの特徴があり、いつも営業の話をしている時と基本おなじだけど、商品説明をしている姿は、同じようなことをいっているだがキャラ別に感じが出ていて面白い。


私はやさしーくしゃべるタケちゃんの話し方がいいかな。
嫌なこと絶対言わない分貯まるので、影で毒を吐くのだけど、お客さんの前では物凄く優しい。
根が優しいのはあるが、それが出ている。


彼の優しい話し方が客に勘違いされるらしく、男に異様にモテるらしい。
他の営業事務たちが電話をとると、ご指名で呼ばれるそうだ。


本当か嘘かしらないけれど、貞操の危機にあいかけたといっていた。
「いやー、危なかったっス。おやじに襲われるところでした」
などという。
まぁ、話すぐらいだから未然なんだろう。(ケツのひとつやふたつ掘られたくらいで泣くことはない。仕事とってこーい❗とセクハラ発言をここでかます私だった)


支店長というのは出来た人で、営業事務の研修前日に営業マンたちと昼を食べに行く時、
「まず、ルートを決めてから枚数確認して入力だから…」などといっていた。
自らも機械で入力をしていたのだろうか?


私達が処理する、書類の倉庫送りのため積んであった段ボールにも目をつけ、これ今どのくらいで処理してる?いくら単価かかっている?と聞いていた。


手間と時間がかかるのでなかなか倉庫だしする業務が出来ない私はなんだか催促されたようで慌てて処理しないとならないと思う。


業務部長としても有能でありそうだ。


兎に角この間の二日間は男性率が高い職場であった。


そして、なんだか焦っていても、男性たちは急いで処理というより、マイペースでほのぼのと仕事をしている、雰囲気であった。

メンタルヘルスとは…③



(前回の記事の続きです)


最初はうつ病を直そうとして始めた訳ではなかったハルさん。
彼女は働くことを始めました。


それは大変だったと思います。
うつ病は、
やりたくない、嫌だ、でもやらないとならない。


その思考の中で起きていたのだと思います。
嫌なことに耐性が弱いから何かのせいにして逃げてしまうのだと思います。


ですが、何かのせいにしてもなんの解決にもなりません。
だれもそこから救うことはできません。
医者であっても同じだと思います。


ハルさんの主治医だったという精神科医が講演を聞きにきていました。
その先生は日本の医療制度について話されていました。
出来高制の日本の医療制度の中で、精神科医は一日80人もの患者をみないとならなくなっている。
だとしたら、ほとんど話なぞ聞いていないことになると。
医学部の中に精神科医のコースが専門である訳ではない。


病院に行って薬を貰うのにどのくらいリスクがあるのだろうと感じました。


その先生はうつと、うつ病は違うといいます。


何かマイナスの考え方をして落ち込むことがうつ気味と表現されるものだろうか?
しかし、自分の足で一歩でも前に出ようという気持ちが起きればそれから考え方や行動が変わるから病には発展していかないのだろう。



ハルさんは、働くことで嫌なことも経験しただろうけど投げ出さず働き続けています。
そのうち周囲の為に頑張ることが出来るようになって、行動が変わり考え方も変わってきました。

こうして自分のことを皆の前で話すこと。

福岡まではすな先生を呼ぶことも、彼女は自分でやりました。

横浜から福岡まで先生に来て頂くためには、それなりにお金もかかりますし大変なことです。

人も集めないとなりません。

それはそれは大変だったと思います。


その行動力を思うと、本当に凄いことだなと思います。




今のハルさんには、うつ病は考え方の病気だと分かっています。


主治医の先生が、その人の人生をだれも変わることが出来ない。
自ら変わろうと思えるかどうかだと言っていたのが印象に残っています。

そしてそれがわからないのは、多分通い続ける患者自身なのかもしれません。

薬を飲む、何かに頼る、それを止めるには苦難の前に自らの力で越えていくという体験を積み重ねられるか否かなのだと思います。


自分の思い込みで判断しなくなたったのだろうはるさんのその後は、ご主人が離婚調停を取り下げました。

メンタルヘルスとは…②



(前回の記事の続きです)
リーディングの生徒のハルさんの講演を聞きました。


彼女がなぜうつ病を発症したのか。
初めはそんなことが語られていました。


大人のコントロールというのは本当に残酷であるのを私も知っています。
親というのは教育という名の元、自分の価値観を押し付けてきます。
本来のその子供の性質によって価値観の構築はされないとならない、善悪は教えないとなりませんが、その他は自らの中で育んでいくものです。
ハルさんの家庭は祖父母が実権を握っていたようです。


祖父母がハルさんのお父さんもまたコントロールしていたと思われます。
お父さんは自分のはけぐちを妻に向けていました。
夜になりお父さんがお母さんに暴力を奮うのを聞いていたハルさんは寝られなかったといいます。
その後思春期に入り、お父さんから受けた虐待に近いことにより、お父さんと距離を置き始めました。
お母さんはハルさんの異変に気がつき、お父さんに怒りをあらわにしたので、お父さんはハルさんに謝ったそうです。
お母さんも守ってあげられなかったことを謝ったと。
彼女はここで自分が赦さないと家族がバラバラになると思ったそうです。
とても辛い話をしてくださいました。


子供はやっぱり誰よりも弱者です。
傷付けてはいけないと思いました。
その後彼女はうつ病を発症します。
祖父母は誰のせいで彼女が病気になったのか、母親に育て方のせいにします。
彼女はもちろん自分の無意識化の気持はわかりませんからどうしてそうなってしまったのかわからないでいます。


成長期段階でうつ病になるのは、人格形成の中で大きな負荷がかかるのだと感じました。
高校生から四十代まで、服薬していました。


最後には1日32錠の薬を飲むようになっていたそうです。


彼女がこのままだとだめだと思ったのは、ご主人との離婚調停の話になり、ハルさん自体が離婚したくないと思ったからでした。


彼女がはすな先生に出会ったのはここででした。

初めは天然石のブレスレットの依頼をしたところから始まります。

病気を治せるけど治そうとはこの時点のハルさんは思っていません。

ただご主人との関係を改善したいと言うこと

でした。


はすな先生は病気からご主人に対して被害妄想になったハルさんがどうすればご主人と離婚しないかという話をアドバイスなさいました。