しあわせのシグナル

もっと素敵な明日の為のエッセンス書いてます。リーディングによる不思議な話も書きます。

感覚の問題?




今年もある神社にお参りに行ってきました。


永きにわたり行くことがなかったが、やっとゆるされて行けるようになった気がした。


ただ、許可がおりたから来ているのだと思っているのは自分だけの話で、人の思い込みというのはこんな風に感じることなのだとも思った。


行く気持ちになったから来れた。

その気持ちが、自分の行いとは関係ないと言うこと。


毎年行っているからまた行こうという惰性だけで来ていると言うことも考えられ、特別な理由は何もないのかもしれない。

人それぞれ思うところは色々ある。


感覚の問題なのだなと思った。



その感覚の問題、気の持ち方の問題だと思っていて、そればかりではないだろうと逆に思ったことが、今回神社に行く際、寒いだろうからとニットの帽子を被っていった。


だが移動の度に帽子を取るとその先ざきでその帽子を忘れる。


しかし忘れる度に同行者に


忘れているよ


と渡される。

渡されてはじめて帽子の存在を思い出す。


こんなことを何度も繰り返すと、ただうっかりなのだという気持ちだけでなく何かしらの警告があるのではなかろうか?と思うのだ。


うっかりするな、

と言うには簡単すぎる、もっと違う


同じものを忘れてしまうのは、当たり前の何かを見落としているのではないだろうか?


自ら気がついてあっと反省するのではなく

人から渡されて、そうだった、助かった

と思う時、感謝の念が生まれるのだけど、


当たり前のことを見落とす私に気がつかせてくれる存在にありがたい、こんなに気がつかされるようにしてくれる。


つまりは周囲に感謝して謙虚でいなくてはならないという現れではないだろうか⁉️


私に足りないから気がつかせるためにこの度こんな形で繰り返されたのかもしれない。


ふとそんな風に思った。


これもまた感覚の問題であるのだろうか⁉️

エッセイ講座の話②


いつも一番早く課題作品を仕上げていた方が書けなくなった。

それはその人のこころの中でことばが感情に隠れてしまったからだと私は思ったが、そのくらいの書けないのは普通のことだという人がいる。


その方は私の親世代の方だ。


成長期に戦禍を体験している。


その人は、自分の一生を文章にしたいとずっと思っている。


それはこの先生のエッセイ講座が始まった最初から言っていらして、それはもう6年も前からの話だった。


だが、未だに子供の頃の話が書けないと言う。


それを私は今回、その方とふたりでお茶を飲む機会を得て分かった。


同じ方向に行くのが私たちをふたりになった時


コーヒーを飲んでいきませんか⁉️


と誘われたのだった。

お話を聞ける機会などなかなかないのでご一緒した。


ただ、私たちは話をするには喫茶店がうるさすぎた。


美味しいコーヒーとモンブランを頂ながら、それでもお話を聞いた。


多分、最愛のお母様を亡くされて書けなくなったYさんのことを普通だと言ったのは、個人の悲しみの体験だからだということなのだろう。


その方は、定年後、家を売り世界中を旅した方だ。その間にご結婚もなさったらしい。


その時代の話はエッセイにかかれるのでなんとなく分かっている。


ただ、先にも書いた戦争の記憶を書くことができないと言う。

自分の生涯を書く中で大切な部分なのに書けないと言う。


ことばに表すとき、その方は場面を鮮明に表現しょうとする方なので、その鮮明に表現することが難しいのだろう。


こころに大きな恐怖や悲しみ、ひもじさや辛さ、多分書ききれないものを抱えていてそれを書いて吐き出すにはまだまだ生々しいのかもしれない。

私には計り知れない感情を抱えているのだろう、その方を前にしてなんとなくそんな気がした。


私に何が言えるのか⁉️

何か少しでも取りかかれる手伝いになるものはないかと思って、


それでは書ける海外旅行から遡って行ってはいかがでしょうか⁉️


と言ってみた。しかし多分それもやってみたことだろう。


あなたはしゃれた顔をしているね

一生懸命考えてくれる


そう言われた。


この方は地球をこれ以上傷つけてはならない


と言う。地球が怒ってしまわないようにしないとならない。


これもまた、戦争によって自然を破壊してきた人間の愚かな行為への怒りなのだと思った。


私たちは出来るだけ長く平和の世の中を作っていかないとならないな、そんな風に話を聞いていて思った。

エッセイ講座の話①


昨年末、永らく通っていたエッセイ講座の不定期講座に出席できた。


私はなかなかエッセイを出せないでいる。

既に通信講座コース(6回でワンクール)2順目の人々の中で私はまだあと1回作品を出さないと次の課題に入れない。


ブログは毎日書くことを自分に課しているからなんとか続けている。


文章を書くのは好きだが、実は毎日きちんとかいていくというのはしんどいのだ(こんなボヤキいいのだろうか?しかし本音なのだ)。


なんか書けるだろうと思うのだが、人間考え方がそれほど変わるかともないわけで、同じような内容が多いなぁと思ったりする。


それでもなぜだか誰かが見てくれているんだなと思うから(反応などないが)書く。


書いたからとて何があるのだろう?と思うが、書く。


続けた先に何があるのか⁉️


私にもわからない。知りたいから書く。


いつかここを卒業する日が来るのかもしれない。

一番自分にあったブログ記事がかける場所で書きたい。




話が逸れた。

そう、エッセイ講座に出た話だった。


誰よりも課題を早く出している方がいる。ところがその方がスランプになっていた。


母ひとり子ひとりでその方はご結婚なさらず定年後エッセイ講座に来られた方だった。

自ら、私はマザコンです、と言う。


昨年お母様を亡くされた。


とても寂しいと言ってらしたが、その時は相変わらずの早さで作品を出されていた。


だが、ここに来て途端に書けなくなったという。

もう書くことが無くなったのだと本人が言うと、先生は


生きている限りそんなことはない


と言う。

確かに感情をことばにすることは、少し客観的にならないとならないのだと思う。


ことばにならない感情というのはあってそれを他者が表現してくれたとき、人はそれを自分の感情だと思う。


そう思えるのは不思議なんだが確かに表現できる人がいる。


そういう文章に出会えたとき人は何度も何度もその文章を読む。

自分の血や肉にしようとするように咀嚼するように何度も。

その中に自分を見つけたからだ。


その人は多分今自分のことばにならないことばを探しているのではないか?私はそのように思った。



私はその様に思ったのだが、この講座で最初からいらっしゃるある方が、


Yさんの書けないのは普通です。


と言う。私はなぜそのことばが出たのか興味を持った。


そして、それは。


長くなったので、また次に